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人文知が大事だなぁと思った話

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「カリフォルニアン・イデオロギー」の延長線上に、オンラインを過信した「コロナ・イデオロギー」がある、との見解はマジで傾聴に値すると思う。
zoomで繋がった、仕事が飲み会が出来た、の裏で置き去りにされているものがあり、
集会の自由などの、人間社会にとって本当に大切なものを思考停止して手放してしまっているのではないか。
私はインターネットやデータの可能性を信じているが、現在地としては未だ「粗にして野」なものであると捉えている。
のみならず、これまでは、「時短」や「携帯性」みたいなものが「便利」として優先される余りに、身体性や体験の質が蔑ろにされて来た、どころか、人間側がインスタント化した体験の方に期待値を合わせて更にそれの増産を求めるような、謂わば「負の強化ループ」のようなものすら発生してきた(今もしている)のではないかと見てもいる
(卑近な例として:スマホで動画を見ることと映画館で映画を観ること。圧縮音源)。
素朴な進歩主義を改め、歴史に謙虚に学び、人間らしさの定義をアップデートするためにも、テクノロジーと人文知の融合がガチで必要・益々重要なのではと考える今日この頃。
 
補足:
科学というものを、確立された手順に従ってクイズの正解パネルをめくるように真実が明らかになっていく、線型に進歩するものだとイメージしがちかもしれないが、野家啓一「科学哲学への招待」(ちくま学芸文庫)を読むと認識が改まって良いのでオススメ。例えば天動説なども、けして荒唐無稽なトンデモ学説だったわけではなく、パラダイムの枠内では、それなり以上に、観察によって緻密に理論立てられたものだったことがわかる。
科学哲学への招待 (ちくま学芸文庫)

科学哲学への招待 (ちくま学芸文庫)

  • 作者:野家 啓一
  • 発売日: 2015/03/10
  • メディア: 文庫