【書評というほどでもない感想】村田沙耶香「コンビニ人間」
話題の芥川賞受賞作、村田沙耶香「コンビニ人間」の、書評、というほどでもない感想+おまけです。
感想
詳しいあらすじはAmazonなどを見ていただければと思いますが、ひとことで言うと「36歳、コンビニバイト歴18年の”私”こと古倉恵子が、世界の”普通”と闘いながら、生き方を模索する」お話しです。
まず何よりも、リーダビリティが高く、一気に楽しめる点は特筆すべきでしょう。よくある芥川賞作品特有の小難しさや引っ掛かりみたいなものはほとんど感じられません。
その上で何を感じるか、共感や違和感、人それぞれあるかと思いますが、私は”ディストピアもののSFを読んでいるような怖さ”、をもっとも感じました。
物語の主軸になっている、主人公の古倉さんが世界との関わり方において抱える葛藤、みたいな部分は、共感できるとは言えないまでも、何となく分かる気がしました。
皆が何となく飲み込んでいて、屡々無意識に他人に押し付けたりもしている、社会における常識(所謂”普通”)的なものをうまく認識して処理できない古倉さんは、ある種、人工無能的なアプローチでそれに対処しています。
他者(主にコンビニのバイト仲間)を観察して、服装や話し方をリミックスして自分のものにする、皆が怒っているときは怒っているようにふるまう、など、期待される”普通の”反応を、ある程度まで自然に見えるレベルで実現できていて、寧ろ優等生と言えそうなぐらいです。
社会の中での振る舞い方、要するに社会性、は、生得的なものよりは、他者との関わりの中で学んでいくものが多いでしょうし、古倉さんの場合はかなりエクストリームに描かれているとはいえ、その身の処し方自体には、誰しも思い当たる節があるのではないでしょうか。
では私にとって、何がディストピア的に怖いと感じられたのか。
それは、詰まるところ、主人公がその歯車の一部となって充足を感じているのが「コンビニ」であることです。
消費社会の象徴的な終端であるコンビニで、自己の全てを実現してしまう、それってやはり人間性の根幹の部分で、少なくとも”今は”"まだ”ヤバいことなのでは、と思ってしまうのです。
「消費社会の中での完全な自己実現」を肯定することは、言い換えれば「文学の不在」そのものだとも言えそうな気がしていて、作者がどのように考えているのかが気になったりもしました。
或いは、私の根がロマンチストで甘ちゃんにできてるだけで、ニュージェネレーションの文学においてはそれこそ”普通”なのかもしれませんが。
おまけ
おもしろ間取りコレクション。めくるめく楽しい一冊です。
巻末に石丸元章のインタビューが掲載されており、あったらうれしい間取りとして、コンビニの周囲を部屋が取り囲んでいる=部屋を出るとコンビニに直結している ものが提案されています。
「コンビニは資本主義の末端神経」「深夜に一人でコンビニに行って立ち読みなどすると、孤独な安心感がある」などの発言もあり、「コンビニ人間」の世界観に通底する気分があるなぁと思いました。
LIVIN Farms Hive~デスクトップで食用ワームを育てる
虫を食べる話しです。苦手な人は注意されたし。
続きを読む【散歩の達人9月号に便乗】 本好き/書店好きのための葛飾金町案内
「散歩の達人」の最新号は、柴又、金町、亀有特集。すべて葛飾区の街です。
皆さま是非ともお購めになって、葛飾を訪れてみてください。
なぜならそうしていただけないと区の財政が衰退する一方で私の老後が不安になってしまうからです。切にお願いします。
さて、フィーチャーされている3つの地名のうち、柴又は「寅さん(男はつらいよ)」、亀有は「こち亀」で、それぞれそれなりに巷間に認知されているように思いますが、残る1つ、金町(かなまち)はあまり知られざる感じなのではないでしょうか。
私も数年前に葛飾に越して来て初めて訪れたのですが、うらぶれた中にも活気のある独特の風情に、「東京の東の果てにこんな町があったのか」と、感心した覚えがあります(東京はどこに行ってもそれなりに栄えている町があって、地方出身者としてはほんとに凄いなと思うことしきりです)。
飯屋とか飲み屋は「散歩の達人」に色々取り上げられていますので、私からは、本好きのために、意外と侮れない金町の魅力をお伝えしたいと思います。
古書店
書肆久遠
まずはこの店だけでも金町を訪れる価値はある、と言いたい隠れた名店です。
フランスやドイツの幻想文学、SFの品揃えには瞠目すべきものがあると思います。
京成金町から少し南側に歩いて大通り(国道6号)を横断後左折して、暫く歩いてクリーニング店の角を右折したところ、少しわかりにくい場所にあります。
五一書房
JR金町の北口を出て右に暫く歩いたところにある、町の古本屋です。雑多な感じが楽しいです。
図書館
葛飾区最大の図書館です。都心の図書館に比べても引けを取らない、充実した設備の図書館だと思います。
ワンフロアにすべてが詰め込まれていて、とにかく広く、蔵書も充実しています。
床から木が生えていて採光の良い雑誌コーナーで寛ぐのがおススメです。
JRの北口から徒歩10分弱の、東京理科大学のキャンパス内にある図書館です。
申請書を書けば見学させてくれます。
スクエアなすり鉢状になっているめっちゃシャレオツな構造で、一見の価値があります。
学食で廉価に食事もできるのでそちらもおススメです。
新刊書店
大型書店はないのですが、南口に大洋堂書、北口に大和書店、ウラワ書店、と、町の書店が3店舗あります。
目当ての新刊があるときなどに立ち寄るといいと思います。
ウラワ書店では中古ゲームやトレカなども扱っており、特色を出しています。
まとめ
以上のように、金町は本好きにも見逃せない魅力があるため、私自身しばしば訪れている次第です。
皆様も機会があればぜひ訪ねてみてください。私の老後のためにも。
栄光の石垣
今朝NHKの情報番組で見た「栄光の石垣」なる特集が奇妙な味だったのでシェアさせてください。
凡そ次のようなあらすじでした。
・徳島某所には「ラジオ塔」なるものがあり、多くの人がラジオ体操に集まる。
・ラジオ塔の前には石垣があり、数人の選ばれし者がその前に立って指導者として手本を見せる。
・センターを務める70代の男性に話を聞く。
・男性は近隣のアパートに一人暮らし。内気で人づきあいが苦手だった。
・健康のためにラジオ体操を始め、続けていたところ、前任の指導者から、「是非後を継いでほしい」と頼まれた。
・最初は固辞したが、泣きながら拝むように頼まれたため、遂に引き受けることにして今に至る。
人気のあるブログの筆者であれば、鋭い論点を提示して、イケてる分析を書くところなのでしょうが、私にはそのような能力も気力もなく、ただ、どうですか、とお伺いするだけです。
本質的にどうでもいいのに無駄に崇高なところとか、よく考えると美談でもないけど取り立てて何かを非難することもない、みたいなバランスが絶妙、とかいったあたりが私の心を捕えたポイントでしょうか。
こういう、評価や意味づけの網にかからないようなお話しで、世界がもっと満たされればいいのにな、と常々思っています。
ボルヘス数 ~バベルの図書館の実装可能性について~
サマリ
ボルヘスの「バベルの図書館」についてくだらないことを考えていくうちに出会った素敵なサイトを紹介します。
バベルの図書館とは
二十世紀のラテン・アメリカ文学を代表するアルゼンチンの作家、ホルヘ・ルイス・ボルヘスのよく知られた短編小説に「バベルの図書館」があります。
数限りない閲覧室と蔵書が存在する、謂わば”無限の図書館”を描いたもので、読むに連れてミクロコスモスに吸い込まれていくような、恐るべき魅力のある作品です。
岩波から出ている「伝奇集」に収録されていますので死ぬまでに一度読むことをおススメします。
事の発端
「バベルの図書館をWeb上で再現したらおもしろいのでは?そもそも実装できるレベルなのかな?」
と、ふと思いついたのでした。
蔵書数の算出
作中では、図書館の蔵書について以下のように記述されています。
<本の仕様>
・1冊410ページ
・1ページに40行、1行に80文字
<印字されている文字>
・22文字のラテン語のアルファベット(小文字)と文字の区切り(空白)、コンマ、ピリオドの25文字
この仕様で、あらゆる文字の組み合わせの本が存在する、と推測されています。
従って、
・1冊あたり 80文字×40行×410ページ=1312000文字が印字されていて、
・25文字のあらゆる組み合わせの本が存在する
ので、蔵書は
251312000 (25の1312000乗)冊
あることになります。
何桁ぐらいになるのかなーと思って、Excelで =25^131200 を計算しようとしたところ、あえなく桁あふれでエラーになってしまいました。
さてどうしよう、と、とりあえずググってみたら行き当たったのが下記の素敵サイトです。
オーストラリアのQueensland大学のMichael Bulmer さんが作成されたページで、
251312000 を”Borges' Number”(以下”ボルヘス数”と呼びます)と定義して公開しています。
これによると、ボルヘス数は1,834,097桁の数字になるとのことで、完全な数字をファイルとしてダウンロードできるようにもなっています。
ちなみに、”蔵書中のある本の最初のページを読める”ページも公開されています。
A Page from the Library of Babel
(表示のたびにPHPでランダムに文字を並べてページを生成しているものと思われます)
実装に関する雑な考察
※前項のボルヘス数を”BN”と表記します。
1) あらかじめ全ての本を生成しデータベースやストレージに格納する。
1文字1バイトとすると、一冊あたり131200バイトが必要になります。すべての本を格納するにはBN×131200 バイトが必要で、BNが200万桁弱なのでまぁだいたい200万桁です。
1PBが16桁バイトですが、16桁落としたところで焼け石に水で、要するに 200万桁PB 必要な計算になり、少なくとも非圧縮では現行のデータベースやストレージに格納するのは無理そうです。
(10n で表記しろよと思われるかもしれませんがめんどい割にあまり意味ないのでやめています)
ただハフマン符号的なものとの相性はめちゃくちゃ良さそうなので、圧縮すれば相当減るのではないかという気もします。どなたか詳しく考察してください。
2) n冊目の本を都度生成する。
文字が25種類ということは、"a"=0,"b"=1,… ","=23,"."=24と数値を割り当てると、要するに25進数で表現できますので、n冊目の本は、下記の法則で生成できることが分かります 。
Index(n冊目) | 1~409ページ | 410(最終)ページ |
---|---|---|
0 | aaaa~aaaaa(すべてa) | ~aaaa |
1 | aaaa~aaaaa(すべてa) | ~aaab |
(2~(BN-2)) | : | (末尾の文字から順にインクリメント) |
BN-1 | ....~....(すべて.) | ~..., |
BN | ....~....(すべて.) | ~.... |
こちらはストレージ容量は不要で計算リソースのみで処理できるので、実装自体はなんとかいけそうな気がしますが、200万桁の数値を25で131200回割り算する、みたいな計算が現状どれぐらいの時間でできるのか、レスポンス的な面が気になります。
これもどなたかのさらなる考察が待たれます。
あとはこの方式だと全文検索的なことができなくて、電子書籍としてのメリットが生かせないです。
それっぽいサイトがもうあった
この記事を書くために検索していたら、すでにバベルの図書館を再現したサイトがありました。
At present it contains all possible pages of 3200 characters, about 104677 books.
とあるように、現状ではまだ一部の再現に留まっているようです。
しかし、
・閲覧室→棚→本と辿っていけるようになっていたり (Browse)、
・テキスト検索ができるようになっていたり (Search:それっぽい文章を入れてヒットするとけっこう興奮します)、
と、十分に楽しめるサイトになっています。
まとめ
似たようなことを考えている人は世界にはやはりいて、流石はみんな大好きボルヘスさんだなーと思いました。
あと、IT企業に勤めているとは思えない雑な考察すいませんでした。
おまけ
本邦の誇る幻視者、山尾悠子の短編「遠近法」は、《腸詰宇宙》という円柱形の世界を描いた、バベルの図書館インスパイア系の傑作です。こちらも死ぬまでに一度読んでみることをおススメします。
Kindle Unlimitedのカルメンが短縮版だった
Kindle Unlimitedで、表紙に惹かれてダウンロードしてみたメリメのカルメンが短縮版でした、というだけのお話し。
この本は、Kindleアーカイブの一冊で、無償公開されている国会図書館のデジタルコレクションを、Kindleストアで108円で販売するという阿漕な商売をしていたものが、Unlimitedの開始で無料で読めるようになったという、曰くつき?のやつです。
開くと巻頭一番に『エッセンス叢書発刊の趣旨』(『』内引用。入力が面倒なので旧字旧かなを新字新かなに改めています。以下同様)が掲げられており、圧縮すると凡そ以下のようなことが述べられています。
(近頃流行の縮刷は結構なことは結構だが、と前置きした上で)『これだけではまだ、今日のように忙しい生活をしている人々の、限りなき読書欲を満足さす上に十分であるとは申されません』
『乃ち、縮刷の次ぎに来るべき要求は、当然この「内容の縮刷」でなければなりません』
『目の回るほど忙しい人々へ、その人達の読みたいと思う傑作名著を、純粋のエッセンスだけに煎じ詰めて供給する。これこそ、今日の一般読書界が痛切に要求している本当の縮刷ではありますまいか』
『大正三年七月 青年学芸社同人』
現代でも 「100分 de 名著」とか漫画で読む~とかありますが、大正の時分からすでにこういうのあったのね、と感心した次第です。
あと、カルメンってもともとそんなに長い小説じゃないので、どの辺が縮められているのか興味が沸きました。
本編はおそらく100ページ弱なのですが、下記の岩波版も108ページですし、私が持っている堀口大学訳の新潮文庫版も106ページで、この作品については実はあまり短縮されていないんじゃないかという気もします。
この機会に読み直してみようかなと思いました。
前述のとおり、国会図書館のサイトでも無償で読めます。
【幻想文学的】お盆に読みたい小説5選
遅きに失した感もありつつ。
お盆らしく、此岸彼岸の境の曖昧さを感じられるような小説を選んでみました。
日本の小説縛りです。
久生十蘭「生霊」
小説の魔術師。口述筆記による切れ味鋭い語りの魅力。
旅の画家が、盆踊り見物に訪れた村で女と出会い、亡き兄の精霊を演じるように頼まれる…。
非現実的な事は何ひとつ起きないにも関わらず、読み進むに連れて彼岸に持っていかれる感じが実に味わい深い逸品です。
久生十蘭「黄泉から」
十蘭のお盆モノもう一品。
終戦後のお盆。やり手の美術商、光太郎は、婦人軍属としてニューギニアで亡くなった従妹のおけいの最期を知る人物の訪問を受ける…。
こちらも取り立てて怪異が描かれているわけではないですが、幽明定かならぬ切なさが満ちてくる傑作です。
藤枝静男「一家団欒」
私小説を究めんとする余り幻想文学に行き着いてしまった異能の作家。
死んだ主人公がバスに乗って墓場を訪れ、彼岸の家族と再会する話しで、不穏さもありつつ、温かさと懐かしさにホロリとします。
高田渡が歌っていた「ブラザー軒」(詩は菅原克己)を思い出したりもします。
赤江瀑「砂の眠り」
耽美、ダンディズム、ボーイズラブの作家。中間小説の最高峰という感じもあります。
夏休み。中学教師が、過去に死体を埋めた砂浜を訪れてみると、自分が埋めたものの他に白骨が増えている…。
類型的な悪夢として「過去に人を殺してどこかに埋めたことを思い出す」みたいなのがありますが、それを下敷きにしたような、異様な魅力のある話しです。
竹西寛子「管絃祭」
事実として戦争文学であり原爆小説ですが、そのような枠を越えて普遍性を獲得した傑作だと思います。
殊更悲惨を訴えるのではなく、状況の中で人が生きて行くこと、また生きて行かねばならないことが、終始淡々と書かれていて、それだけにクライマックスの厳島での水上の祭りの場面が、息をのむほど美しく立ち現れてきます。