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妖精について

好きな話

数年前に,所属するマンドリン・オーケストラで,二橋潤一作曲の「妖精組曲」を演奏することになった際に書いた,妖精についての覚え書き的なテキストの再録です.

「幻獣辞典」訳者の柳瀬尚紀氏の訃報に接して引っ張り出してきました.ご冥福をお祈りします.

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 (前略)二橋潤一作曲の「妖精組曲」を演奏することになった.

曲の解説については,斯界の先達に筆を譲ることにして,ここでは,モティーフとなっている「妖精」について,徒然に書いてみたい.

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まず,妖精とは何か?
広辞苑(第五版)を引いてみると,

よう‐せい【妖精】エウ‥
(fairy) 西洋の伝説・物語に見える自然物の精霊。美しく親切な女性などの姿をとる。ケルトやラテン系民族に多く、各国で名は違う。仙女。
[株式会社岩波書店 広辞苑第五版]

と,ある.
日本でいう,「妖怪」にあたる,超自然的な存在(いきもの)のことだと理解できる.

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ケルトの妖精については,W.B.イエイツ編「ケルト妖精物語」(井村君江編訳,ちくま文庫,1986)に詳しい.
この書物の中で,イエイツは,妖精について,

救われるほど良くもないが、救われぬほど悪くもない堕天使」と農民たちは言い,「地上の神々」と『アーマーの書』にはある 

とした上で,次のように述べている,

妖精は「地上の神々」なのでろうか?あるいはそうかも知れない。いつの時代でもどこの国でも、多くの詩人たち、それに神秘化や玄秘学の学者たちはみな、目に見える者の背後には、意識を持った生き物たちが鎖のように連なっている、とはっきり言っている。この生き物は天上のものではなく、地上のもので固有の姿というものを持たず、自分の気分とか見るものの心次第で姿を変える、というのである。

(中略)
この気まぐれ者たちは、おそらくは混沌の領域の中に投げ込まれている人間の魂なのであろう。

同書は,姉妹本の「ケルト幻想物語」(井村君江編訳,ちくま文庫,1987)と併せて,ケルト地方の民間伝承を知るには打って付けの書物であり,アイルランドの村々に伝わる,多様にして芳醇な妖精たちの物語に,小説やRPGなど,現代のファンタジーに登場する妖物たちのイメージの源流をいくつも見ることが出来る.

しかし,これらの書物には,「グノーム」「オンディーヌ」「サラマンダー」「シルフ」といった,「妖精組曲」の各楽章のタイトルに冠されている妖精たちの名前は出てこない.

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架空の生物を集めた辞典の体裁を取りながら,幻想的な文学作品としても名高い,ホルヘ・ルイス・ボルヘス/マルガリータ・ゲレロの共著,「幻獣辞典」(柳瀬尚紀訳,晶文社,1998)の「シルフ」の項を参照すると,

ギリシア人はすべての物質を四つの根源つまり元素に分けたが、その各々に照応する特別の精がのちにつくられた。十六世紀のスイスの錬金術師で医者のパラセルサスは、それぞれに名前を与えた。地のノーム、水のニンフ、火のサラマンドラ、空気のシルフもしくはシルフィードである。


とあるように,先に挙げた4種の妖精たちは,比較的近世になって(少なくとも)命名されたものであるらしい.
(パラセルサスは,よくパラケルススとも表記される.カタカナはいい加減なものである)
この「幻獣辞典」などを参考に,これら四大妖精の,よく知られている特徴を纏めると,

・ノーム(グノーム):
 地の精霊.年老いた醜い小人の姿で,冶金の技術に長けているとされる.
・ニンフ(オンディーヌ,ウンディーヌ):
 水の精霊(但し,古代ギリシャの神話に現れる「ニンフ」は,水に限らず,様々な場所に棲むと考えられ,それぞれ別の呼称を持っていた).美しい女性の姿をしている.
サラマンドラ(サラマンダー):
 火の精霊.最もよく知られている姿は,火の中に棲む蜥蜴.
・シルフ(シルフィード)
 風の精霊.美しい女性の姿.
 
凡そこのようになるだろうか.
(当たった文献も少なく,不正確かつ曖昧なまとめ方であることには留意されたい)

美しい女性の姿をしているという,ニンフやシルフには,是非ともお目にかかりたい気がするが,ニンフなどは,非常に嫉妬心が激しいらしく,彼女たちを裏切ったがための恐ろしい復讐の話なども多く伝えられているようである.

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澁澤龍彦の「幻想博物誌」(河出文庫,1983)に,サラマンドラに纏わる面白い話が出ている.
古来より中国に伝わる,「火浣布」(かかんぷ)という布は,炎の中に棲むネズミ(火鼠)の皮から作られたと言われる,「火で洗濯の出来る」代物だが,同様のものが,西洋では,火トカゲ(=サラマンドラ)の皮として知られていた,というのである.
この不燃性の布の正体は,実は,石綿(アスベスト)で織られた布で,中国内地で産するものではなく,インドや中央アジアからの輸入品だったらしいが,ヨーロッパにおいても,中央アジアから石綿布を輸入していた形跡があり,この布を媒体として,それぞれ,火鼠・火トカゲの伝説が形作られていったのではないか,とのことだ.
洋の東西を跨いで,共時的に似たような伝承が産まれたという事実は,それだけでも興味深いものだし,古い時代の世界の,予想以上の広さをも感じさせてくれるお話である
(アスベストによる健康被害が取り沙汰されている現代からすると,ゾッとする話でもある)

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最近読了した,G.ガルシア=マルケスの「エレンディラ」(鼓直木村榮一訳,ちくま文庫,1988)(コロンビア出身のノーベル文学賞作家の手になるこの短編集には,多分に民間伝承的な要素を含んだ,幻想的かつ土俗的な物語が幾つも収められている)の訳者あとがきに,民間伝承の生成過程についての仮説が書かれている.

かなり強引に要約すると次のような論旨である.
ほんの40年前に起きた,悲劇的な,しかし決して珍しくはない事件(=ある女性の恋人が崖から転落死した)が,神話的な物語(=嫉妬に駆られた妖精が恋人を崖から突き落とした)として語り継がれる,という事例から分かるように,口頭伝承においては,事実としての歴史的事件は,そのままでは,人々の記憶に長く留まることは難しいため,神話的なモデルに近づけることを通して,ある種の普遍化・汎化がなされる.

そのために屡々登場するのが,妖精,というわけだ.

また,前掲の「幻想博物誌」中,「グノーム」の項では,小人の精霊は,『被征服民族の伝説的に変形された姿』であり,『ケルト人の到来以前のヨーロッパに住んでいた、背の低く膚の浅黒い遊牧民族の、民族的な記憶だった』との説が述べられている.

このように,妖精たちは,民衆が,世代を越えて「民族の記憶」を語り継いでいくための,ある種の媒体として機能していたことが伺えるが,では,妖精とは,すべて,こうした「内的な要素」によって想像/創造されたものなのだろうか.
全てを,「想像の産物」としてしまうのには,些か無理があるようにも思われる.
あらゆる場所が,人工の光やその残滓で照らされている,現代の日本に住む私たちには恐らく想像すべくもないが,人の明かりの行き届かない,古い時代の森や沼や河や海には,やはり何らかの超自然的な力や,或いはかたち,といったものが存在したのではないだろうか.

少なくとも,音楽という形式の上で,イメージの妖精をかたちづくり,遊ばせることは,現代に生きる私たちにも,許されているはずだ.

 

ケルト妖精物語 (ちくま文庫)

ケルト妖精物語 (ちくま文庫)

 

 

ケルト幻想物語 (ちくま文庫)

ケルト幻想物語 (ちくま文庫)

 

 

 

幻獣辞典 (河出文庫)

幻獣辞典 (河出文庫)

 

 

幻想博物誌 (河出文庫)

幻想博物誌 (河出文庫)

 

 

エレンディラ (ちくま文庫)

エレンディラ (ちくま文庫)